Recent Trackbacks

« ホーム引き分け開幕 | Main | 日本vsイランonTV(いまさら) »

丹下健三さん死去。

私がどうこう言うまでもない、著名な建築家の大御所。
本日未明。91歳だったそうです。
よくも悪くも、日本の建築の近代化を、世界にアピールした人だったと思います。その姿(建造物)はいまも東京の、日本のシンボルとしてたたずんでます。

大学生のころ、建築家を研究すると言う課題で、私が選択したのが、丹下健三さんでした。特に本人にインタビューするというものでもなく(当時そんな学生のインタビューを受けてる程時間に余裕がある方でもなかったし)
短期間で、著書や、作品を検証し、行かれるところはいき、傾向やコンセプト等を汲み取り、全体を簡潔にまとめてレポートを出すいう大雑把なものだったのですが、非常に興味深く、またタイムリーに、都庁や、赤坂プリンスが出来た頃だったので 旬な題材として、興味深いものでした。時間がたりなかったですよ〜〜。
斬新なデザインで近代建築の先導者という看板の方でしたが、その頃に調べていた資料の中で、ご自宅が非常に印象的だった記憶があります。湿気の多い日本の風土を美しく強調した高床(ピロティ式)な住居。内装は仕切りで視線を切る形で扉等な外部との区分けのみの機能で部屋内はトイレにも無し。(ちょっとこれは日本気質には不向きだったようで、後につけたという話を聞きましたが、、、)などなど、、。その一方、というか、その発展の延長線上で、代々木の体育館。そして、当時真っ白で話題になってた赤坂ププリンスホテル、(当時は白い建築空間が大流行り且つ、センセーショナルナデザインとしてバンバンできて、そして薄汚れていった。)そして、バブルの塔といわれた都庁、最終章は今話題のフジテレビへと続きます。賛否はいろいろあるのは当然だけど,賛否がバンバンでまくる,しかも 都庁のようなでっかい建築物をつくってしまえるような活気が日本にあったという事の象徴でもありました。。。。などと、生意気にも振り返ってしまったりしました。
一時代の象徴的存在だった方訃報は、時代の流れの段落を感じます。これから、人よりも残る 建築はどうゆう受け継がれ方をするのか、または消えていくのか。いろいろ思うところはあるのですが、またの機会に、自分として書いてみたいと思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。

« ホーム引き分け開幕 | Main | 日本vsイランonTV(いまさら) »

文化・芸術 」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14700/3400028

Listed below are links to weblogs that reference 丹下健三さん死去。:

« ホーム引き分け開幕 | Main | 日本vsイランonTV(いまさら) »

September 2015
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ